大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6264号 判決 1974年3月22日
原告 国
訴訟代理人 上野至 山口勝司 ほか四名
被告 加藤庄一
主文
一 原告の第一次請求を棄却する。
二 原被告間において、訴外丸善鋼材株式会社が、昭和三九年四月一六日から同年一二月ころまでの間に、被告に対し消費貸借金三、〇〇〇、〇〇〇円を弁済した行為は、これを取消す。
三 被告は原告に対し金三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は第三項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(第一次請求)
1 被告は原告に対し金五、六〇〇、二二〇円およびこれに対する昭和四二年一一月二六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
(予備的請求)
主文二、三項同旨ならびに「訴訟費用は被告の負担とする」との判決と三項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
訟務月報二一巻二号 四〇二(二)
原告の請求はいずれも棄却する。
第二当事者の主張
一 請求原因
(第一次請求の請求原因)
1(一)訴外丸善鋼材株式会社(以下訴外会社という)は、昭和三三年一一月七日から昭和三八年三月三一日に至るまでの五事業年度の法人税につき別表1ないし5のとおり確定申告した。
所轄西税務署長は、同社の森本順次および桝村信之からの昭和三三年一〇月二〇日から昭和三四年三月三一日までの一二回にわたる借入金合計三、二〇〇、〇〇〇円につき、同人らが架空名義人であり、右借入金の返済および利息支払のため振出された小切手がいずれも同社の裏判による現金引出で決済されているうえ、同社が借入先を明らかにしないので、同社の帳簿、取引会社、取引銀行等を調査した結果に基き、右借入金を同社の売上除外による架空借入金と認定して、右借入金に対する各支払利息を架空経費とみて損金としての処理を否認したうえ、会社代表者に対する賞与と認定し、同社の前記会計処理は昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法(以下単に法という)第二五条第八項第三号所定の所得の隠ぺい行為に該当すると認めて、昭和三九年三月三〇日付で、同社に対する青色申告の承認を当初事業年度に遡つて取消した上、同月三一日所得金額、税額を別表7の<3><8>欄、ただし昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度の分は同表<2><7>欄の上部記載の額(所得金額の明細は別表1ないし5のとおり)とする法人税の更正または再更正をし、別表7の<8>欄、ただし右年度の分は同表の<7>欄の上部記載の金額の加算税の賦課決定をした。
これに対し、訴外会社は大阪国税局長に、同年七月三日付で青色申告の承認取消処分の、同月一二日付で更正、再更正および加算税の賦課決定の取消を請求したが、昭和四〇年一月三〇日付でいずれも棄却され、確定した。
(二) 訴外会社に対する右国税債権の額は昭和四一年四月八日現在滞納処分費を含め七、一三五、三四〇円である(その明細は別表6のとおり)。
2 大阪国税局長は昭和四一年四月八日、訴外会社に対する右国税債権に基き、滞納処分として、同社が被告に対して有する、次項に述べる不当利得返還請求権を差押え、右債権差押通知書は、同月九日被告に到達したので、原告は右不当利得返還請求権の取立権を取得した。
3 訴外会社は昭和三九年四月一六日、株主総会の特別決議により解散し、もと同社代表取締役であつた岩田敞が清算人に選任された。ところが、もと同社取締役であつた被告は、右清算に関し何らの権限を有しないに拘らず、法定の清算手続によることなく、同年一〇月ごろまでの間に次のとおり債権の取立、債務の弁済等、訴外会社の財産の整理をなし、その結果同社の残余財産として五、六〇〇、二二〇円が生じたが、被告はこれを自己のものとして取得した。
(一) 訴外会社が大阪国税局に提出した貸借対照表によると、昭和三九年四月三〇日現在の同社の財産状況は、次表のとおりであつた。
資産の部
負債・資本の部
勘定科目
金額(円)
勘定科目
金額(円)
受取手形
一二、一四〇、四九一
支払手形
一四、七二五、八三五
売掛金
四、六一〇、四〇〇
買掛金
四、四六二、三九九
車輛運搬具
一三〇、〇〇〇
預り金
二六、〇〇〇
電話加入権
一八五、〇〇〇
未払金
四七七、七五〇
有価証券
二三〇、〇〇〇
従業員退職引当金
六二五、四二五
差引不足額
七、五二二、五一八
資本金
四、五〇〇、〇〇〇
計
二四、八一八、四〇九
計
二四、八一八、四〇九
(二) ところで、
(1) 受取手形一二、一四〇、四九一円はすべて取立ずみである。
(2) 売掛金四、六一〇、四〇〇円は、昭和三九年四月末から五月末にかけて現金で回収されている。
(3) 電話加入権一八五、〇〇〇円は、同額で売却ずみである。
(4) 有価証券(電信電話債券)二三〇、〇〇〇円は、一九五、五〇〇円で売却ずみである。
(5) そして、右売掛金のほかに、訴外会社は、八幡鋼材株式会社などに対する簿外売掛金五、一六〇、八一三円を受取手形で有していたが、右手形はいずれも現金にて回収ずみである。
(6) 支払手形一四、七二五、八三五円のうち桝村信之、小野幸一、宮川三郎受取人名義の各手形三通(いずれも額面金額一、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年六月三〇日)合計三、〇〇〇、〇〇〇円は架空の手形であつて真実振出されたものではない。
そして、同額を除き残りの一一、七二五、八三五円の支払手形は、現金で支払われている。
(7) 買掛金四、四六二、三九九円、預り金二六、〇〇〇円、未払金四七七、七五〇円は、いずれも支払ずみである。
(8) 従業員退職引当金六二六、四二五円は支払われていない。
(9) 車輛運搬具一三〇、〇〇〇円は八幡鋼材株式会社が使用しているが、有償で譲渡されたものか否か不明である。
従つて、訴外会社には右(1)ないし(5)の合計二二、二九二、二〇四円の入金および右(6)、(7)の合計一六、六九一、九八四円の出金があり、その差額五、六〇〇、二二〇円の現金が存在するはずであつた。
(三) しかるに被告は、法律上の原因なくして、かつそれを知りながら、同額の利益を得、訴外会社に同額の損害を及ぼしたので、訴外会社は被告に対して同額の不当利得返還請求権を有する。
4 よつて、原告は被告に対し、右不当利得金五、六〇〇、二二〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年一一月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(予備的請求の請求原因)
仮に、右五、六〇〇、二二〇円のうち三、〇〇〇、〇〇〇円が被告の訴外会社に対する貸付金を弁済するために交付されたものであるとすれば、
1 原告は訴外会社に対して前記国税債権七、一三五、三四〇円を有している。
2 しかるに、訴外会社の清算人岩田敞あるいは事実上の清算担当者西田兼男および被告は、被告が同社に対して有していた貸付金三、〇〇〇、〇〇〇円の弁済をなし、その余の同社の財産を株主である被告に分配すれば、訴外会社が無資産となり、原告の右国税債権が害せられることを十分知りながら、昭和三九年四月一六日より同年一二月ころまでに右借入金三、〇〇〇、〇〇〇円を被告に弁済し、その残余財産を被告に分配し、もつて右会社を無資力たらしめた。
3 よつて原告は、訴外会社の被告に対する前記弁済行為の取消ならびに被告に対し右三、〇〇〇、〇〇〇円および取消権行使の後である昭和四四年一一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否および主張
(認否)
第一次請求の請求原因1の(一)は認め、(二)は否認する。ただし、(一)の法人税に関する更正、再更正、加算税の賦課決定によると別表6の法人税欄のとおりの滞納税額(滞納処分費を含む)になり、支払利息が賞与に当るとすると同表の源泉所得税欄のとおりの滞納税額になることは認める。
同2は、訴外会社が被告に対し不当利得返還請求権を有するという点を除き認める。
同3の冒頭の事実のうち訴外会社が原告主張のとおり解散し、岩田敞が清算人に選任されたことは認めるが、その余は否認する。なお、清算事務を事実上担当していたのは、同社の経理担当取締役西田兼男である。
同3の(一)および(二)のうち(1)ないし(5)、(6)の後段、(7)(9)の各事実は認め、その余ならびに(三)の事実は否認する。
予備的請求の請求原因事実はすべて否認する。
(主張)
1 原告主張の青色申告の承認取消及び法人税についての是正、加算税賦課決定の各処分には次のとおり重大かつ明白な瑕疵があり、したがつて、訴外会社に対する右課税処分は無効である。
すなわち、原告が、訴外会社の架空借入金と認定した三、二〇〇、〇〇〇円は、被告が、森本周次および桝村信之の名義で開業当初に資金不足を援助するため同社に貸付けたものであり、このことは、右貸付日が同社設立の日である昭和三三年一一月一二日から七日目の同月一八日であること、資本金一、〇〇〇、〇〇〇円の会社がその時期に三、二〇〇、〇〇〇円もの利益をあげ得られるものではないことから明らかである。
課税当局は、右貸付金を訴外会社の売上除外と認定したものの、売上先、商品、数量等については何ら調査をしておらず、貸主について被告らを調査することなく、単に貸主が架空名であるというだけで架空借入金と速断した(法第二五条第八項第三号は借入金の借入先が架名であつても、借入自体の真実性を信じる理由がある場合は適用されない)。しかも遅くとも昭和四一年三月一〇日の大阪国税局係官の坂井政美に対する聴取調査で被告が貸主であることは判明していたはずである。
かようなわけで訴外会社は法人税について納付義務を負担していないし、また源泉徴収による所得税の納付義務も負つていない。したがつて、原告の国税債権に基く差押債権の取立は許されず、弁済行為取消の請求も理由がない。
2 支払手形三通合計三、〇〇〇、〇〇〇円(第一次請求の請求原因3の(二)の(6)について、
被告は訴外会社に対し、昭和三三年一一月一八日(同社設立は同月」一二日)、同社の開業当初の資金不足を援助するため、森本周次および桝村信之名義で三、二〇〇、〇〇〇円を貸付け、その後これは弁済を受けたが、新たに昭和三八年八月九日三、〇〇〇、〇〇〇円を貸付け、その取立確保のため同社から、同社振出にかかる原告主張の手形三通の交付を受けた。右貸付金三、〇〇〇、〇〇〇円は解放時までに弁済されることなく存続し、右手形が決済されたのは、昭和三九年六月から同年一二月までのことである。
したがつて、右各手形は原告の主張するような架空の手形ではない。
3 第一次請求の請求原因3の(二)の(6)、(7)、(8)のほか、訴外会社は、昭和三九年四月三〇日以降清算経費として、次のとおり合計二、〇五〇、〇〇〇円を支出している。
(一) 事実上の清算事務担当者である西田兼男に対する給料八か月分(月額五〇、〇〇〇円)
四〇〇、〇〇〇円
(二) 清算人岩田敞に対する給料三か月分(月額六〇、〇〇〇円) 一八〇、〇〇〇円
(三) 清算事務担当者戸村忍に対する給料四か月分(月額三〇、〇〇〇円) 一二〇、〇〇〇円
(四) 清算事務をした事務所の家賃で藤村運輸に支払つたもの五か月分(月額三〇、〇〇〇円) 一五〇、〇〇〇円
(五) 清算事務に関する旅費、交通費八か月分(月額三〇、〇〇〇円) 二四〇、〇〇〇円
(六) 清算事務に関する接待費八か月分(月額二〇、〇〇〇円) 一六〇、〇〇〇円
(七) 清算事務に関する公租公課、通信費、電話料その他雑費八か月分(月額一〇〇〇、〇〇〇円) 八〇〇、〇〇〇円
よつて訴外会社は、二二、二九二、二〇四円の入金に対し、原告主張の一六、六九一、九八四円のほか、前記支払手形金三、〇〇〇、〇〇〇円、前記従業員退職金六二六、四二五円、右清算事務経費二、〇五〇、〇〇〇円合計二二、三六八、四〇九円の出金があり、残余財産がないばかりか、七六、二〇五円の消極財産が生じている。
したがつて、被告に利得があるわけがない。
4 仮に被告に利得があつたとしても、被告はそれを取得するにつき正当な法律上の権利を有する。
(一) 被告は(清算当時、訴外会社の唯一人の株主であつたから、残余財産の全てを自己のものとすることができた。
(二) 少くとも前記支払手形三、〇〇〇、〇〇〇円については、被告の右会社に対する貸付金の弁済であるから、同額および同額に対する利息の合計額の範囲内で、被告は右残余財産からその支払をうける権利を有する。
三 被告の主張1に対する認否および反論
1 被告の主張1の事実は否認する。
2 帳簿上、前記三、二〇〇、〇〇〇円の借入は、昭和三三年一〇月二〇日から昭和三四年三月三一日まで一二回、その返済は昭和三三年一一月二八日から昭和三四年三月三一日までの七回にわたつてそれぞれなされているが、右の状況からは設立当初の資金不足による借入金とは判断できないものである。更に、前記三、二〇〇、〇〇〇円の借入金を否認した後の更正の対象となつた年度においても、同様の売上除外によるものと認められる架空借入金が存在したのであるが、更正においては、諸般の事情から、その否認までは行なわなかつたに過ぎず、昭和三九年度においても、第一次請求の請求原因3の(二)の(5)で述べた売上除外があつた。
訴外会社の代表取締役は、税務署職員の調査のときはもちろん、不服申立段階でも、貸主の氏名住所を明らかにせず、被告も同様、昭和四一年二月一日の大阪国税局職員の調査、被告を第三債務者とする債権差押処分に対する同年五月六日付の異議申立の際にも自らが貸主であることを明らかにしなかつた。
したがつて、青色申告の承認の取消および更正、再更正、加算税の賦課決定には、いずれも重大かつ明白な瑕疵があるとはいえない。
3 仮に訴外会社に真実三、二〇〇、〇〇〇円の借入があつたとしても、その借入先を前記のとおり架空名義として記帳する行為は、法第二五条第八項第三号に該当するから、前記青色申告の承認の取消処分は適法である。すなわち、同条項によれば、帳簿書類に記載を要求されている事項につき不実の記載がある以上、それが当該納税者の所得の算定を左右するものでなくとも、そのこと自体、青色申告の承認を取消す事由に該当する。なぜならば、青色申告制度は、帳簿書類の信頼のうえに成立しているものであるから、その記載は、所得の実額に影響を及ぼすと否とにかかわらず、常に真実を表示したものでなければならない。さもなければ記載事項の一々につき当該納税者の所得計算に影響を及ぼすか否かの判定は困難であるうえ、課税行政に混乱遅滞を招くのみならず、納税者の不実記載を助長し、ひいては帳簿制度の信頼と効用を喪失させることとなるからである。右のような措置は、青色申告制度が一面納税者に対して種々の利便を与えていることを勘案すれば、納税者にとつて必ずしも酷とはいえず、また、このような見解が正当であることは、同条同項第一、第二号が帳簿書類において一定の様式を備えない場合をも取消事由としていることからも裏付けられる。
4 仮に、同条同項第三号の取消事由ありというためには、直接所得に影響するような事項につき不実記載があることを必要とするとしても、前記2の事情の下では、右借入金の記載を架空借入金と判定したのもやむをえないことであり、未だ重大かつ明白な瑕疵とはいえない。
5 なお、前記借入金三、二〇〇、〇〇〇円を仮に是認した場合の前記各事業年度における所得金額および法人税額は、青色申告書の提出について承認を取消した場合は、別表7のとおり、取消さなかつた場合は別表5のとおりである。そして昭和三九年度源泉所得税は零となる。
第二証拠<省略>
理由
第一第一次請求(差押債権取立請求について)
一 第一次請求の請求原因1の(一)の事実および大阪国税局長が昭和四一年四月八日、訴外会社に対する、七、一三五、三四〇円の法人税、源泉所得税等の国税債権(滞納処分費一二〇円を含む、明細は別表6のとおり)に基き滞納処分として、右会社の解散にともなう清算の結果生じた残余財産五、六〇〇、二二〇円を、被告が法律上の原因なく取得したとして、同会社の被告に対する同額の不当利得返還請求権を差押え、その債権差押通知書が翌九日被告に送達されたことは当事者間に争いがない。
二 被告は、右国税のうち法人税およびその加算税の納付義務の確定または変更をなす更正、賦課決定等の課税処分、あるいはその前提となつている青色申告の承認の取消処分に、重大かつ明白な瑕疵があり、右各処分は無効であるから、訴外会社には法人税についての納税義務は存せず、また源泉所得税についての納税義務も存在していないので、前記国税債権に基く差押債権の取立は許されないと主張する。
1 まず、右処分が無効であるか否かについて判断する。
訴外会社が、昭和三三年一一月七日から昭和三八年三月三一日に至る五事業年度の法人税につき別表1ないし5のとおり確定申告をしたところ、所轄西税務署長が右会社の森本周次、桝村信之ら架空名義人からの昭和三三年一〇月二〇日から昭和三四年三月三一日までの一二回にわたる借入金合計三、二〇〇、〇〇〇円について、借入金であることを否認して売上除外による架空借入金と認定し、借入金に対する各支払利息を架空経費とみて損金としての処理を否認し、会社代表者に対する賞与(利益処分)と認定し、なお、同会社の前記会計処理は法第二五条第八項第三号に該当するとして、青色申告の承認を当初事業年度に遡つて取消し、これに基き、別表7のとおり法人税の更正または再更正および加算税の賦課決定をしたものであることは、前叙のとおり、当事者間に争いがない。ところが、<証拠省略>によれば、訴外会社は、一般鋼材および鉄鋼二次製品の販売等を目的として、昭和三三年一一月一二日資本金二、〇〇〇、〇〇〇円で設立された会社であるが、実際に出資したのは被告だけであつたこと、被告の依頼で義弟にあたる岩田敞が名義上同社の代表取締役に就任していたが、その経営権は被告が掌握していたこと、このような次第で、設立当初から同会社の運転資金も被告が調達しなければならず、被告は、森本周次、桝村信之の仮空名義を用いて昭和三三年一〇月二〇日から昭和三四年三月三一日まで一二回にわたり日歩一〇銭で、合計五、三七七、四五八円を右会社(一部は設立中の会社)に貸付け、同期間内に七回にわたり合計二、一七七、四五八円の返済を受けたこと、その差額三、二〇〇、〇〇〇円が、右会社の設立初年度における同額の借入金となつたことが認められる。
すると、右税務署長の前記各処分には、真実の借入金を架空借入金と認定した瑕疵があつたことになる。しかし、課税処分、青色申告の承認取消処分が当然無効であるというためには、その処分に重大かつ明白な瑕疵が存することを要するところ、ここに瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指すのであつて、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したかどうかはこの判定に直接関係を有するものではない。そして、前記各処分に成立の当初から右の意味における明白な瑕疵があつたことについては、これを認めるに足りるだけの証拠がなく、かえつて<証拠省略>によれば、糸井重朗は、昭和三八年一〇月から昭和三九年三月にかけて、西税務署法人税第二課の職員として、訴外会社の調査を担当したところ、前記初年度借入金の返済分に相当する三、二〇〇、〇〇〇円は手形、小切手により株式会社住友銀行淀川支店の前記森本名義および同行四条支店の桝村名義の各預金口座に入金されていたが、それは架空名義人の口座であつて、手形、小切手の取立に利用されていることを発見したこと、同人は、訴外会社借入金と申立てた分につき、右会社代表取締役岩田敞と二、三回、経理担当者西田兼男と四回程会つて、事情の説明をうけたが、同人らは借入金の貸主が架空名義人であると申立てたものの、貸借の有無を調査し確定するうえで必要な真実の貸主の氏名は、説得にも拘わらず、明らかにしようとしなかつたこと、前記各更正処分等がなされた後においても、同会社の右態度は変わらず、被告自身、昭和四一年二月一日大阪国税局職員から調査をうけた時においても、なお、自らの個人の所得税増大を嫌つて貸主であることを秘匿していたこと、以上の各事実が認められ、これらの事実によれば、真実の借入金を架空借入金と認定し、あるいはそれを前提に法第二五条第八項第三号の所得の隠ぺい行為を認めた前記課税庁の処分の瑕疵は、それらの処分がなされた当時には(青色申告の承認の取消処分は昭和三九年三月三〇日付、その他の更正処分等は翌三一日付でなされた)、それが誤認であることは、外観上、客観的には明白でなかつたものと推認できる。それ故、右各処分を無効と解することはできない。
2 そして前記法人税についての更正、再更正および加算税の賦課決定によると、原告の訴外会社に対する法人税に関する国税債権の額が昭和四一年四月八日現在四、五二三、九九〇円(滞納処分費を含む、明細は別表6の法人税額のとおり)となることは、当事者間に争いがない。
すると、たとえ原告主張の訴外会社に対する源泉所得税に関する国税債権が存在していなくても、前記不当利得返還請求等の差押によつて、国はその債権の取立をすることができることになつたものというべきである。したがつて被告の右主張は理由がない。
三 そこですすんで、訴外会社の被告に対する不当利得返還請求権の有無について判断する。
1 訴外会社が昭和三九年四月一六日解散し、同社の代表取締役であつた岩田敞が清算人に選任されたこと、同社の貸借対照表による同月三〇日現在における財産状況が請求原因3の(一)の表のとおりであつたこと、請求原因3の(二)の(1)ないし(5)の受取手形、売掛金等の入金があつたこと(その合計額は二二、二九二、二〇四円である)同(7)の買掛金、預り金等の出金があつたこと(その合計額は四、九六六、一四九円である)はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、昭和四〇年三月五日清算結了の登記がなされていることが認められる。
2 <証拠省略>によれば、被告は訴外会社に対しその設立初年度に前叙のとおり架空名義で金銭を貸付けたほか、爾後の各年度においても、架空名義を用いて、同会社との間で、貸付残額四、〇〇〇、〇〇〇円位を限度として、貸借を繰り返し、昭和三八年三月三〇日には貸付残額が零となつたが、同年八月九日小野幸一、宮川三郎、桝村信之の各名義を用いて合計三、〇〇〇、〇〇〇円を貸付け、右貸付については、その返済のため同会社からそれぞれ右架空名義人宛に振出した手手形の交付をうけていたことが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、さらに<証拠省略>によれば、右三、〇〇〇、〇〇〇円の貸付金は、本件会社解散後、現実に清算事務を担当していた西田兼男が昭和三九年一二月二五日ころまでの間に、余裕ができ次第被告方に持参して支払つていたことが認められる。
すると、右三、〇〇〇、〇〇〇円以外の支払手形の支払については当事者間に争いがないから、訴外会社の貸借対照表上の支払手形一四、七二五、八三五円はいずれも架空でなく全額支払われていことになる。
3 つぎに、従業員退職引当金六二六、四二五円の支出についてみるに、<証拠省略>によれば岩田敞は訴外会社から退職金の支給をうけていないこと、同会社の解散後は、七名位いた従業員の大半が、被告経営の八幡鋼材株式会社に引き継がれ、給与、賞与については従来から同社に勤務していた従業員と同一の取扱いをうけることになつたこと、訴外会社の従業員でその後右八幡鋼材に就職し、そこを退職した片岡幹雄、安藤昇には右八幡鋼材を退職する際同社あるいは被告個人から片岡には二〇、〇〇〇円ないし三〇、〇〇〇円、安藤には三、〇〇〇円の退職金が支給されていることが認められ、右事実によれば、訴外会社は解散時に退職金の支給はしなかつたものと推認できる。
4 <証拠省略>によれば、訴外会社の従業員であつた西田兼男は、同社の解散決議後も清算事務行為のために出社していたこと、そして同社の清算事務は昭和三九年一二月ころ終了したこと、同人の給与は当時月額約五〇、〇〇〇円であつたことが認められ、右事実によれば、西田に対しては、清算事務に従事中の約八か月の給与四〇〇、〇〇〇円の支給がなされたことが推認できる。
被告主張の他の清算事務に関する経費については、被告本人はその支出があつたように供述するが、あいまいでにわかに信用できず、他にこれを窮わせる証拠はない。
5 すると、訴外会社に清算終了後あるべき残与財産(現金)は、右の入金合計二二、二九二、二〇四円から、右1、2、4の出金合計二〇、〇九一、九八四円を差引いた二、二〇〇、二二〇円となる。
6 ところで、すでに認定したように、訴外会社の清算事務は、被告の指図に基き西田兼男が実行していたところ、次に認定するように右会社の当時の株主は被告だけで、被告が最終的にすべてを取仕切つていたのであり、この事実と弁論の全趣旨から、右残余財産は、2の三、〇〇〇、〇〇〇円の弁済がなされたころ、被告が取得したものと推認するのが相当で、右認定に反する証拠はない。
7 そこで、被告が右財産を取得するにつき法律上の原因があるか否かを検討するに、残余財産は各株主の有する株式の数に応じて株主に分配されるべきものである(商法第四二五条本文)ところ、<証拠省略>によれば、訴外会社の解散後における株主は被告ひとりで、同人が桝村信之、小野幸一、宮川三郎などの架空名義で全株式を所有していたことが認められるから、被告は同会社の株主として、残余財産として交付されたものは全部取得できる筋合いであり、被告が右残余財産を取得したとしても、右会社に対する関係では不当利得にはならないといわなければならない。
四 すると、訴外会社の被告に対する右不当利得返還請求権が存在しているとして、その支払を求める原告の第一次請求は理由がないことになる。
第二第二次請求(詐害行為取消請求について)
一 訴外会社が昭和四一年四月八日現在別表6<省略>の法人税欄のとおり法人税に関する国税(滞納処分費を含む)の納付義務を負つていたことは前叙のとおりであるから、原告は右会社に対し昭和三九年当時少くとも法人税三、〇一一、八七〇円、その加算税一、〇二一、二〇〇円、合計四、〇三三、〇七〇円の国税債権を有していたことになる。
二 訴外会社が被告に対し、昭和三九年四月一六日から同年一二月二五日ころまでの間に、本件借入金三、〇〇〇、〇〇〇円を弁済したことは、すでに認定したとおりである。
三 ところで、右債務の弁済がなされたのは、すでに訴外会社が解散決議をなした後のことであるが、先に認定したように、右債務の弁済と並行して、本来清算手続の最終段階でなされるべき被告に対する残余財産の分配がなされたために、右弁済が完了した時点では、右会社に残された一般債権者の共同担保となり得べきめぼしい資産としては、価額一三〇、〇〇〇円位の車輌運搬具くらいのみであつたことが、弁論の全趣旨によつて、認められる。
右事実によれば、訴外会社が被告に対してなした本件債務弁済行為は原告ら債権者の一般担保を減少し、その利益を害するものであることは明らかである。そして、すでに認定したような訴外会社における被告の地位、同会社の清算人岩田敞と被告との関係、それに<証拠省略>から認められる解散の動機(解散決議は、当時唯一の株主であつた被告が本件貸金債権の回収をはかるため行つたもの)から、訴外会社の清算人である岩田敞はこの事実を認識していたにとどまらず、被告と通謀し、被告のみをして優先的に債権の満足を得せしめる意図のもとに本件債務弁済行為をしたものと推認せざるを得ない。
四 すると、訴外会社の被告に対する右借入金三、〇〇〇、〇〇〇円の弁済行為は詐害行為に該当すると解される。
五 以上の事実によれば、原告の本訴第二次請求は、訴外会社が被告に対してした借入金三、〇〇〇、〇〇〇円の弁済の取消および右金員の支払とこれに対する取消権行使の日であることが記録上明らかな昭和四四年一一月一八日の翌日である同月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
第三よつて、原告の第二次請求を正当として認容し、第一次請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川恭 鴨井孝之 富越和厚)
別表1ないし8<省略>